医学はインドで古くから尊重され2~3世紀ごろに

『チャラカ本集』『スシュルタ本集』が成立し、体系化された。

これらの書物によれば、医学は外科的療法、目・耳・鼻の療法、内科的療法、物の怪憑(もののけつ)きの治療法、育児学、解毒法、不老長寿の法、強精法の8支科からなっていた。
そして病気に関しては、次のような理論が考えられた。

身体の構成要素中もっとも重要な要素はバータvta(風)、ピッタpitta(熱・胆汁性のもの)、カパkapha(冷・粘液性のもの)の3要素で、これらの平衡の乱れによって病気がおこるとされた。したがって治療は、この3要素の平衡が保たれるように行われた。

このような医学はインドで、アーユルベーダとして現在も存続している。

インドの錬金術は、初め医学の一支科として発達し、8世紀ごろから中世の宗教書『タントラ』を奉ずる人々によって発展させられた。

この一派においては、錬金術は解脱(げだつ)の補助手段として考えられた。

この錬金術は水銀rasaの魔力によって、鉛、スズなどを銀または金に変換せしめ、また不老長寿の薬をつくらしめる術であり、したがって、水銀はシバ神が乗り移った物質として非常にあがめられた。

このような錬金術は中国起源といわれている。